1990年8月に勃発した湾岸戦争は、経済大国・日本が国際社会にどのような基本姿勢と原則をもって係わっていくのかという問題を、極めて先鋭な形で日本国民に問いかける意味を持っていました。
・・・ところが、政府・自民党は、この問題を「国際協力H対米協力」という短絡的図式にすり替え、どのような対米協力が求められているのかという問題に切り替えて、国民に回答を迫ってきました。
しかも念のいったことに、
「アメリカ政府(具体的にはブッシュ大統領やアマコスト駐日大使)の要求 = アメリカの要求」
・・・という誰弁に等しい主張を持ち出して、その要求に満額回答を与える以外に対米協力の実をあげることはできず、したがって国際協力を行うことはできないという主張につないだのです。
アメリカ政府は、湾岸への兵力派遣の直後から、多国籍軍への財政援助、輸送などの要員派遣、輸送用車両や医薬品などの物資提供、中東諸国への援助等十項目近くの具体的な提案を行ってきました(90年8月22日付朝日新聞)。
・・・したがって、政府・自民党も当初から、カネ、モノだけでなく、ヒトの分野でも貢献することが不可欠という判断で動いてきたことは明らかです。